事業売却とは?会社売却との違いや方法、税金、従業員への影響を解説

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事業売却とは、M&Aの一手法として、企業が特定の事業部門を他社に売却することです。これにより経営資源の最適化や資金調達を図ることができます。会社売却(株式譲渡)は、株式を渡して会社の支配権ごと移す方法であるのに対し、事業売却とは、工場、在庫、設備、顧客契約、ブランド、ノウハウなど、対象となる事業に属する資産・権利義務を選んで移す方法です。

近年では、事業再編や成長戦略の一環として事業売却とは何かを正しく理解したいと考える経営者も増えています。事業売却を進める際には会社売却(株式譲渡)や事業譲渡との違いや、税金や従業員への影響などを把握しておくことが重要です。

この記事では、事業売却とは何か、売り手と買い手それぞれのメリット・デメリット、売却価格の算出方法、さらに事業売却にかかる手続きの流れや税金について、売却を検討するが直面する課題を解決するための有益な情報を詳しく解説します。

事業売却とは?基本をわかりやすく解説

事業売却とは、会社が営む特定の事業やその構成資産を第三者に譲渡する、M&A合併・買収)の手法です。売り手は法人格を維持したまま、一部事業のみを移転できます。事業売却では、売却する事業の価値に基づいて価格が設定され、売却先のがその事業を引き継ぎます。売却により、売り手は資金を得て、他のビジネス領域に投資したり、財務の健全化を図ることができます。

また、事業売却と似た概念に「会社売却」や「事業譲渡」がありますが、それぞれ異なるポイントを持っています。以下で違いを解説します。

会社売却との違い

事業売却は、特定の事業部門や事業単位を切り離して売却する方法で、売却対象は特定の事業資産や事業活動に限定されます。売却されるのは事業に付随する資産や負債、契約、従業員などであり、売却主体である法人自体は残ります。これにより、売却後も法人は他の事業を継続できるため、企業の柔軟性が保たれます。

一方、会社売却は、法人全体を譲渡することを指し、通常は株式の譲渡によって行われます。この方法では、買い手は売り手の会社の全体を引き継ぎ、すべての資産、負債、契約、従業員が買い手側に移転します。会社売却は、経営の完全な移行を目的とするため、売り手は活動から完全に撤退することが多く、戦略的な決定が必要です。

これらの違いにより、事業売却はが特定の事業から撤退したり、リソースを最適化したりする手段として利用されることが多く、会社売却は経営者の引退や事業の承継、買収などの戦略的な目的で行われることが一般的です。選択する方法は、売り手側の経営戦略や目的によって異なります。

項目事業売却(事業譲渡)会社売却(株式譲渡)
概要会社の一部または全部の事業を切り出して売却する会社そのものを売却する
移転対象特定事業に属する資産・契約・権利義務など株式(会社の支配権)
法人格売り手の会社は残る会社ごと引き継がれる
資産・負債の承継個別に選別して承継原則として会社にあるものを包括的に承継
契約関係個別に承継手続きが必要なことが多い原則そのまま維持される
従業員の扱い原則として個別に移籍同意や再契約が必要雇用関係は原則そのまま継続
許認可承継できず再取得が必要な場合がある原則は会社に残るため維持されやすい
税金売り手法人に譲渡益課税 課税資産の譲渡には消費税売り手株主に課税(法人税、所得税・住民税など) 株式譲渡では消費税は通常、非課税

事業譲渡との違い

事業売却と事業譲渡は、実務上はほぼ同じ意味で使われます。「事業売却」は売り手側から見て「自社の事業を売る」という表現です。一方、「事業譲渡」は法務やM&A実務で使われる法律用語で、事業を第三者に移転する取引を指します。会社法では、取引行為としての名称は「事業譲渡」が使用されています。内容としては、どちらも会社そのものを売るのではなく、会社が営む特定の事業を切り出して移転するスキームです。

事業売却とM&Aの関係

ここで、事業売却とM&Aの違いと関係について解説します。M&Aは、企業や事業を引き継ぐための手法全体を指す広い概念で、株式譲渡、事業売却、合併、会社分割などを含みます。一方、事業売却はそのM&Aの一手法であり、会社全体ではなく、特定の事業だけを切り出して第三者に譲渡する方法です。

実務で「M&Aをする」という言い方の中に、会社そのものを売るケースと、事業だけを売るケースが混在していることがあります。例えば、株式譲渡では買い手は会社の株式を取得し、その会社の支配権を引き継ぎます。この場合、契約関係や資産、負債、従業員との雇用関係などは、原則として会社に残ったまま承継されます。これに対して事業売却では、工場、設備、在庫、顧客契約、商標、ノウハウなど、対象となる事業に属する資産や権利義務を個別に選んで移転します。会社は残りますが、譲渡対象に含めなかったものはそのまま売り手に残るのが基本です。

この違いは、戦略面でも実務面でも非常に重要です。事業売却は、不採算部門の切り離し、本業への集中、後継者不在への対応などに適しています。一方で、資産や契約を個別に移す必要があるため、取引先の同意、従業員の再契約、許認可の扱い、税務上の整理など、検討項目が多くなりやすい特徴があります。つまり、「M&Aを検討している」という段階では、まず自社が実現したいのが会社全体の承継なのか、特定事業の切り出しなのかを明確にすることが重要です。M&Aは大きな枠組み、事業売却はその具体的な選択肢の一つ、と捉えると判断しやすくなります。

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    事業売却のメリット・デメリット(売り手)

    事業売却は、事業の売り手側・買い手側の双方にさまざまなメリットとデメリットを伴います。ここではまず、売り手側から解説します。

    売り手側のメリット

    事業売却で売り手側のメリットと考えられるものとして、以下が挙げられます。

    不採算事業・ノンコア事業を切り離せる

    収益性の低い事業や、本業との相乗効果が薄い事業を売却することで、経営課題を整理できます。全社の収益改善や経営の立て直しにつながる点が大きなメリットです。

    本業に経営資源を集中できる

    人材、資金、時間を成長分野や主力事業に振り向けやすくなります。複数事業を抱える会社にとって、選択と集中を進める有効な手段です。

    会社を残したまま資金を確保できる

    会社そのものを売るわけではないため、法人を維持しながら売却代金を得られます。調達した資金は、借入返済、財務改善、新規投資などに活用できます。

    事業承継や再編の選択肢を広げられる

    会社全体の売却までは考えていなくても、一部事業だけを第三者に引き継ぐことができます。後継者不在への対応や、将来を見据えた事業ポートフォリオの見直しにも役立ちます。

    売り手側のデメリット

    一方で、売り手側のデメリットも存在します。売却により生じるデメリットやリスクは、以下が挙げられます。

    手続きが複雑で、実務負担が大きい

    事業売却では、会社ごと引き継ぐのではなく、資産、契約、在庫、知的財産、システム、従業員などを個別に整理して移転する必要があります。取引先の同意取得や契約の巻き直しが必要になることも多く、株式譲渡に比べて準備と調整の負担が大きくなりやすい点は大きなデメリットです。

    税負担が発生しやすい

    事業売却で得た対価は、通常、売り手法人に計上され、譲渡益に対して法人税等が課されます。また、譲渡対象資産によっては消費税がかかる場合もあります。株式譲渡と比べると、最終的な手取り額が想定より少なくなることがあるため、税務面の事前確認が欠かせません。

    従業員や取引先への影響が出やすい

    事業売却では、従業員や社員は自動的に移るわけではなく、個別の同意や再契約が必要になるのが一般的です。処遇や勤務条件の変更に不安が生じると、離職につながるおそれがあります。また、取引先が契約承継に同意しない可能性もあり、売却後の事業運営に支障が出ることがあります。

    売却後に会社へ負債や管理コストが残ることがある

    売却対象に含めなかった負債や間接部門のコスト、管理負担は売り手に残ります。特に、一部事業だけを売却した場合、固定費の配賦バランスが崩れ、残った事業の収益性が悪化することもあります。つまり、事業を売れば経営がすぐ軽くなるとは限らず、売却後の会社の姿まで見据えた設計が必要です。

    事業売却のメリット・デメリット(買い手)

    事業売却を検討する買い手には、どのようなメリットとデメリットが存在するのでしょうか。メリット・デメリットを慎重に評価し、適切な戦略を立てることが、買い手にとって成功への鍵となります。それぞれについて解説します。

    買い手側のメリット

    事業売却における買い手側のメリットとしては以下が挙げられます。

    必要な事業だけを選んで取得できる

    会社全体を買うのではなく、欲しい事業・資産・契約だけを対象にできるため、買収目的に合った投資がしやすくなります。不要な資産や事業まで抱え込まずに済む点は大きなメリットです。

    簿外債務や偶発債務のリスクを切り分けやすい

    株式譲渡では会社全体を引き継ぐため、見えていない負債や過去の法務・税務リスクも承継する可能性があります。事業売却では承継対象を個別に定めるため、こうしたリスクを限定しやすいのが特徴です。

    新規事業や事業拡大をスピーディーに進めやすい

    既存の顧客基盤、設備、商品、ノウハウ、人材などをまとめて取得できれば、ゼロから立ち上げるより短期間で市場参入や事業拡大を図れます。時間を買う手段として有効です。

    統合設計を柔軟に進めやすい

    必要な事業だけを取り込むため、自社の既存事業との統合や再編を比較的設計しやすい面があります。買収後の組織再編や事業ポートフォリオの最適化にも活用しやすい手法です。

    買い手側のデメリット

    買い手側のデメリットやリスクとしては、以下が挙げられます。

    契約・資産・許認可の承継手続きが煩雑

    事業売却では、契約や資産が自動的に移るわけではありません。取引先の同意取得、契約の再締結、資産の名義変更、許認可の再取得などが必要になることがあり、実務負担が大きくなりやすい点はデメリットです。

    従業員を自動的に引き継げない

    対象事業に必要な人材を確保したい場合でも、従業員は当然には移籍しません。個別同意が必要になるため、キーパーソンが残らないリスクや、事業の継続性が不安定になるリスクがあります。

    想定していた事業価値を十分に引き継げないことがある

    顧客との関係、ブランドへの信頼、社内ノウハウなどは、契約書上は移せても実際にはスムーズに承継できないことがあります。形式的には事業を取得しても、売上や収益が想定どおりに移らないケースがリスクとして考えられます。

    取得コスト以外に統合コストがかかる

    買収金額だけでなく、システム統合、従業員の受け入れ、契約整理、拠点再編などのPMI(統合プロセス)コストが発生します。結果として、当初想定より投資負担が大きくなることがあります。

    事業売却価格の相場と算出方法

    事業売却を検討する際、多くの経営者が気になるのが「自社の事業はいくらで売れるのか」という点ではないでしょうか。ここでは、事業売却価格の相場の考え方と、実務でよく用いられる算出方法について紹介します。

    事業売却価格相場の考え方

    事業売却価格の相場は、業種や市場環境、業績、規模、成長性などによって大きく異なります。事業売却は株式譲渡よりも、価格の前提がぶれやすい特徴があります。例えば、「どの資産・契約を移すのか」「主要取引先が承継に同意するか」「従業員が引き継げるか」「許認可を維持できるか」「売却後も同じ収益が見込めるか」によって、同じ利益水準でも価格は大きく変わります。

    事業売却価格の算出法にはいくつかのアプローチがあり、それぞれの方法には独自の特徴があります。これらのアプローチを組み合わせることで、より精度の高い事業売却価格が導き出されることが一般的です。

    コストアプローチ(時価純資産法・年買法など)

    コストアプローチは、事業が保有する資産や負債を基準に価値を算出する方法です。比較的わかりやすく、中小の事業売却でも用いられることがあります。

    代表的なのは時価純資産法で、資産と負債を時価ベースに修正し、差額である純資産額を事業価値の基準とする方法です。帳簿上の数字ではなく、実際の時価に近づけて評価する点が特徴です。例えば、不動産や在庫に含み損益がある場合には、その分を反映して算定します。資産価値を把握しやすい一方で、将来の収益力や成長性は十分に反映しにくい面があります。

    もう一つよく使われるのが年買法で、 「時価純資産+営業利益や実質利益の一定年数分」 という考え方で算出する方法です。実務では「利益の3〜5年分」などの形で使われることが多く、小規模や簡易的な相場把握で参考にされます。わかりやすい反面、理論的な精緻さには限界があり、あくまで簡便法として位置づけられます。

    マーケットアプローチ(マルチプル法など)

    マーケットアプローチは、類似会社や類似取引の市場データをもとに事業価値を算出する方法です。実務ではマルチプル法が代表的です。

    マルチプル法は、同業他社の評価倍率や過去のM&A事例を参考に、対象企業の売上高、営業利益、EBITDAなどに一定の倍率を掛けて価値を求めます。例えば、対象企業のEBITDAに類似企業の平均倍率を掛ける方法です。市場で実際にどの程度の価格がついているかを反映しやすく、買い手にも説明しやすい点がメリットです。

    一方で、適切な比較対象を見つけることが難しい場合があります。特に中小やニッチ業種では、上場会社や公開取引事例と単純比較できないことも多く、あくまで参考値として使う必要があります。また、同じ業種でも規模、収益性、成長性、地域性によって倍率は大きく変わります。

    インカムアプローチ(DCF法など)

    インカムアプローチは、将来その事業が生み出す利益やキャッシュフローをもとに価値を算出する方法です。代表的なのがDCF法(Discounted Cash Flow法)です。

    DCF法では、まず対象事業が将来生み出すと見込まれるフリーキャッシュフローを予測し、それをリスクに応じた割引率で現在価値に引き直して事業価値を算出します。将来の収益力や成長性を反映しやすいため、理論的には非常に重要な方法です。特に成長や、資産よりも収益力に価値がある事業では有効です。

    ただし、事業計画や成長率、割引率の設定によって評価額が大きく変わるため、前提条件の置き方が非常に重要です。そのため、売り手と買い手で見通しが大きく異なると、算定結果にも差が出やすい方法といえます。理論的には精緻ですが、実務では他の手法とあわせて総合的に使われることが一般的です。

    事業売却にかかる税金

    事業売却を検討する際は、売却価格だけでなく、どのような税金がかかるのかを事前に把握しておくことが重要です。事業売却では、売り手側と買い手側で課税関係が異なり、法人税や消費税、不動産取得税などが発生する場合があります。ここでは、事業売却にかかる税金について、売り手側と買い手側に分けて解説します。

    売り手側の税金

    事業売却における売り手側の税負担で中心になるのは、法人税です。法人が事業を売却した場合、売却代金そのものに課税されるのではなく、譲渡した資産の帳簿価額や譲渡に要した費用を差し引いた譲渡益に対して課税されます。課税対象となるのは、法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税などを含む法人税等で、実効税率は会社の規模や所在地によって多少異なりますが、一般的な目安として約30%前後で見込まれることが多いです。

    消費税は、買い手側が負担することになります。売り手側は「課税資産」の譲渡対価に対して10%の消費税を買い手から受け取り、納付する必要があります。

    買い手側の税金

    事業売却における買い手側の税負担として押さえたいのは、消費税、不動産取得税、登録免許税です。買い手は事業そのものを一括で取得するように見えても、税務上は在庫、設備、不動産、契約関連資産などを個別に取得する扱いになるため、資産ごとに税金を確認する必要があります。

    基本となるのは消費税で、棚卸資産、機械設備、備品などの課税資産の取得には原則として消費税10%がかかります。課税事業者であれば、一定の要件のもとで仕入税額控除が可能ですが、取引時点ではいったん支払いが発生するため、取得資金の見積もりでは消費税分も含めて考える必要があります。一方、土地の取得は消費税非課税であり、譲渡対象に土地が多い案件では税負担の構造が変わります。

    不動産を取得する場合には、消費税とは別に不動産取得税が課される可能性があります。これは都道府県が課す地方税で、土地・建物を取得した際に発生するものです。また、不動産の所有権移転登記を行う際には登録免許税も必要になります。

    加えて、買い手にとっては取得後の税務処理も重要です。取得価額が受け入れる純資産額を上回る場合、いわゆるのれんが発生します。税務上、こののれんは一定期間で損金算入できるため、将来の課税所得を圧縮する効果が見込める場合があります。これは株式譲渡にはない、事業売却ならではの特徴として注目されます。どの資産にいくら配分するかによって減価償却費やのれん償却額が変わるため、契約段階で取得価額の配分を慎重に検討する必要があります。

    事業売却手続きの流れ

    事業売却は、単に買い手を見つけて契約を結べば終わるものではなく、事前準備から交渉、契約締結、引き継ぎに至るまで、いくつもの重要なプロセスを踏む必要があります。事業売却手続きの基本的な流れは、以下のとおりです。

    1. 売却する事業の選定
    2. 資料準備・整理
    3. 買い手探し・選定
    4. 条件交渉・基本合意
    5. デューデリジェンス
    6. 事業譲渡契約書の締結
    7.  事業移転手続き・関係機関への届出

    各ステップについて解説します。

    1. 売却する事業の選定

    まず行うのは、どの事業を売却対象にするのかを明確にすることです。事業売却では会社全体を譲渡するのではなく、一部事業だけを切り出すことができるため、対象範囲の設計が非常に重要になります。経営者は、本業との関連性、収益性、将来性、撤退の必要性などを踏まえて、売却すべき事業を判断します。この段階では、設備、在庫、契約、知的財産、従業員など、どこまでを譲渡対象に含めるかも大まかに整理しておく必要があります。対象の切り分けが曖昧だと、その後の価格交渉や契約交渉が難航しやすくなります。

    2. 資料準備・整理

    次に、買い手に提示するための資料を準備します。具体的には、事業の概要、業績推移、顧客構成、主要契約、保有資産、従業員の状況、許認可の有無、将来計画などを整理します。事業売却では、会社全体ではなく対象事業単位での収益性や資産状況を示す必要があるため、部門別損益や対象資産の一覧を作成することが重要です。また、簿外債務やトラブルの有無など、買い手が懸念しそうな論点も事前に洗い出しておくべきです。資料の精度が低いと、後のデューデリジェンスで問題が顕在化し、価格の引下げや破談につながるおそれがあります。

    3. 買い手探し・選定

    資料が整ったら、候補となる買い手を探します。方法としては、M&A仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)を活用するほか、取引先や競合、異業種に直接打診するケースもあります。買い手候補を選ぶ際は、価格だけでなく、事業の継続性、従業員の処遇、ブランド維持の方針、資金力、意思決定の速さなども重要な判断材料です。事業売却では、売却後に事業が安定して運営されるかが売り手にとって大きな関心事になるため、単に高値を提示する相手を選べばよいとは限りません。

    4. 条件交渉・基本合意

    買い手候補が絞られたら、売却価格、譲渡対象、従業員の引継ぎ、契約承継の範囲、スケジュールなどの主要条件を交渉します。大枠の合意に至った段階で、基本合意書(LOIやMOU)を締結するのが一般的です。基本合意は最終契約ではありませんが、その後の独占交渉権やデューデリジェンス実施の前提になる重要な文書です。この段階では、価格だけでなく、「何を引き継ぎ、何を売り手に残すのか」をできるだけ具体化しておくことが重要です。ここが曖昧だと、後工程で認識のずれが生じやすくなります。

    5. デューデリジェンス

    基本合意後、買い手は対象事業の実態を確認するためにデューデリジェンスを実施します。法務、財務、税務、労務、ビジネス面などを調査し、提示資料との整合性や、潜在的なリスクがないかを確認します。たとえば、主要契約に譲渡制限がないか、未払残業代リスクがないか、許認可が承継可能かなどが重要な論点になります。デューデリジェンスの結果次第では、売却価格の見直し、補償条項の追加、場合によっては取引中止に至ることもあります。そのため、売り手としては、事前にリスクを把握し、説明できる状態にしておくことが重要です。

    6. 事業譲渡契約書の締結

    デューデリジェンスを踏まえて最終条件が固まったら、「事業譲渡契約書」を締結します。この契約書では、譲渡対象資産・負債、譲渡価額、引渡日、表明保証、補償条項、競業避止義務、従業員や契約の承継方法などを詳細に定めます。事業売却では個別承継が原則であるため、何を移し、何を移さないかを契約書上で明確に特定することが特に重要です。契約内容が曖昧だと、クロージング後に「これは譲渡対象に含まれるのか」といった争いが生じやすくなります。

    7.事業移転手続き・関係機関への届出

    契約締結後は、実際に事業を引き渡すための各種手続きに入ります。具体的には、取引先との契約承継手続き、従業員の転籍同意や再契約、資産の名義変更、在庫や設備の引渡し、知的財産権の移転登録、許認可に関する届出や再取得手続きなどです。また、会社法上、一定の事業譲渡では株主総会決議が必要になる場合もあります。加えて、税務申告や会計処理も進めなければなりません。事業売却は契約締結で終わりではなく、クロージングとその後の移転実務まで完了して初めて成立する取引である点を押さえておくことが大切です。

    事業売却による従業員や社員への影響

    事業売却を選択した場合には、売却後の社員への影響も無視できません。売却された当該事業の従業員だけでなく、売り手側に残された部門の社員にも影響がありうることを想定しておきましょう。

    具体的な社員への影響として、以下が挙げられます。

    雇用契約への影響

    事業売却で最も重要なのは、従業員の雇用が自動的に買い手へ引き継がれるわけではないという点です。株式譲渡であれば、雇用主である会社自体は変わらないため、従業員との雇用関係は原則そのまま継続します。しかし事業売却では、事業に属する資産や契約を個別に移転する形になるため、従業員についても当然の承継とはなりません。買い手に移るためには、通常、本人の同意を得たうえで転籍や再雇用の手続きが必要です。そのため、従業員が移籍を望まない場合には売り手に残ることもあり、配置転換や雇用維持の対応が課題になることがあります。

    労働条件の変更

    買い手へ移る従業員については、給与、賞与、退職金、勤務地、役職、福利厚生、就業規則などの労働条件が変わる可能性があります。もちろん、従業員に不利益となる変更は慎重に扱う必要がありますが、実際には売り手と買い手で制度や処遇体系が異なることが多く、従業員にとっては大きな関心事です。特に、勤続年数の通算、退職金の取り扱い、職務内容の変更などは不安を生みやすいポイントです。こうした条件面への配慮が不十分だと、移籍を拒む従業員が増えたり、重要人材の離職につながったりするおそれがあります。

    心理面・組織面への影響

    事業売却は、従業員にとって心理的な不安や動揺を生みやすい出来事でもあります。「雇用は守られるのか」「待遇は下がらないか」「今後の働き方はどう変わるのか」といった不安を抱えるのは自然なことです。情報共有が不十分なまま話が進むと、社内に憶測が広がり、モチベーション低下や離職リスクの高まりにつながります。また、組織再編や人間関係の変化によって、現場の一体感が損なわれることもあります。経営者としては、守秘義務とのバランスを取りつつ、適切な時期に丁寧な説明を行い、相談しやすい環境を整えることが重要です。

    売り手に残る従業員のモチベーション

    影響を受けるのは、買い手に移る従業員だけではありません。売り手に残る従業員にも負担や不安が生じることがあります。たとえば、売却した事業に関わっていた間接部門の役割が変わったり、組織の縮小によって業務分担が見直されたりすることがあります。また、「なぜこの事業を売却したのか」「会社の将来は大丈夫か」といった不安を感じる従業員も少なくありません。事業売却後の経営方針や残る事業の成長戦略を明確に示さなければ、社内の士気低下につながる可能性があります。

    事業売却しやすい会社の特徴

    事業売却がしやすい企業にはいくつかの特徴があります。それぞれについて解説します。

    安定した収益性・成長性がある

    過去数年間にわたって安定した売上と利益を上げている、または今後も成長が見込まれる企業は、買い手にとって非常に魅力的です。買い手は投資回収と将来の利益を重視するので、安定した収益基盤や成長ストーリーがあることは大きな強みになります。例えば、「毎年10%以上の売上成長を続けている」「特定のニッチ市場で確固たるシェアを持っている」といった企業です。

    属人性が低い組織体制

    創業者や特定の役員がいなくても事業が回るような組織体制が整っている企業は、事業売却しやすいと言えます。業務が仕組み化され、権限移譲やマネジメント体制が整っていれば、買い手も引継ぎ後の運営をイメージしやすくなります。例えば、業務マニュアルが整備されていたり、各部門に権限移譲が進んでいたり、優秀なマネージャー層が育っていることもプラス要因です。

    明確な強みや差別化要因がある

    他社にはない独自の技術、特許、ブランド力、顧客基盤、特定のノウハウなど、明確な強みを持っている企業は高く評価されます。買い手にとって「なぜこの事業を取得する価値があるのか」が明確であるほど、売却は進みやすくなります。例えば、「特定の地域で圧倒的なブランド認知度を誇る老舗」「特定の業界に特化した専門性の高いサービスを提供している」といったは、買い手がシナジー効果や市場での優位性を期待できます。

    借入金が少なく財務状況が健全

    会社のバランスシートがクリーンで、過度な借入金がないは、買い手にとって安心材料になります。財務状況が健全であれば、デューデリジェンスでも大きな懸念が出にくく、買収後の経営リスクも低いと判断されやすくなります。多額の借入金がある場合、買い手はその返済義務も引き継ぐことになるため、慎重になります。

    事業内容やビジネスモデルがシンプル

    何を提供し、どのように利益を生み出しているかがわかりやすい企業は、買い手が評価しやすくなります。事業内容がシンプルであれば、デューデリジェンスもスムーズに進みやすく、買い手側も買収後の経営戦略を立てやすくなります。事業内容が複雑すぎると、譲渡対象の整理や将来収益の見極めが難しくなるため、シンプルなビジネスモデルのほうが売却しやすい傾向があります。

    売却理由が明確で買い手にとって納得感がある

    売却理由が明確で、かつ買い手にとって納得できるものであることも重要です。なぜその事業を売るのか、合理的な理由があるは買い手に信頼感を与えます。オーナーの高齢化、本業への集中、後継者不在、事業再編など、前向きで納得しやすい理由があるほど、交渉は進みやすくなります。例えば、「この事業は成長しているが、別の事業にリソースを集中させたい」という理由であれば、買い手は「この事業は将来性がある」と感じて前向きに検討しやすいでしょう。

    顧客基盤が安定している

    特定の顧客への依存が小さく、継続的な取引が見込める企業は、買い手にとって魅力的です。安定した顧客基盤があると、売却後も売上を維持しやすいと考えられるため、事業価値を評価してもらいやすくなります。特定の顧客に依存していると、その顧客との取引がなくなると売上が大きく落ち込むリスクがあるため、買い手は懸念します。サブスクリプション型のビジネスモデルで安定した顧客基盤を持つなども、評価が高くなることがあります。

    事業売却の事例

    最近の国内企業の事業売却に関する事例を紹介します。

    • 日立製作所が家電事業をノジマに売却
      日立製作所は冷蔵庫や洗濯機などの家電事業を、家電量販大手のノジマに1100億円で売却すると発表しました(2026年4月21日)。日立子会社の日立グローバルライフソリューションズ(GLS)は冷蔵庫や洗濯機などの家電事業を分社化し、新会社を設立します。今回の売却は、日立にとっては非中核事業の整理による「選択と集中」、ノジマにとっては成長投資という意味を持ち、売り手と買い手の狙いが合致した事業売却であると言えます。
    • サッポロホールディングス(HD)が米クラフトビール「ストーン・ブリューイング」事業を売却
      サッポロHDは米クラフトビール「ストーン・ブリューイング」事業を米ファイアストーン・ウォーカーとデュベル・モルトガットに売却し、米国内でのクラフトビール製造から撤退すると発表しました(2026年4月21日)。背景には、買収後の事業再建の限界と事業ポートフォリオ見直しがあるとされます。サッポロHDは2022年にストーンを買収しましたが、インフレ下で米クラフトビール市場が低迷。同社は不動産や周辺事業の売却を進め、酒類中心へ経営資源を集中する方針を鮮明にしています。今回の売却は、不採算事業から撤退し、成長余地のある酒類事業へ資源を再配分する「選択と集中」の一環と言えます。
    • パナソニック、電動工具事業をマキタに売却
      パナソニックグループは、パナソニック エレクトリックワークス社が展開してきた電動工具事業を工具大手のマキタへ譲渡すると発表しました(2026年3月31日)。会社分割により新設される会社へ事業を継承し、全株式をマキタへ譲渡します。本件は、パナソニックが構造改革の一環として主力事業を再編する動きです。 今回の売却で、マキタは工場向け市場の強化、パナソニックは事業の選択と集中を図ります。

    まとめ

    事業売却とは、企業が特定の事業を他社に売却することで、経営資源を最適化したり、資金を調達したりするM&Aの手法です。企業の成長戦略の一環として、または事業再編の手段として重要な選択肢となります。この選択は、例えば不採算部門を切り離したり、後継者問題を解決したりする際に非常に有効である一方で、税金の問題や従業員・社員への影響、手続きの流れなどをしっかりと理解することが重要です。

    この記事を通じて、事業売却のメリット・デメリットから具体的な方法や手続きの流れ、税金など、実際の売却をスムーズに進めるための知識を得られたと思います。売却の成功には、適切な売却先の選定や、売却価格の妥当な設定が求められます。売却プロセスには、法律や税務の専門知識が必要であり、プロのM&Aアドバイザリーの協力を得ることが一般的です。

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