アーンアウトとは?買い手・売り手別のメリット・デメリットを解説

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M&Aにおける企業価値評価の難しさを解決する手法として注目されている「アーンアウト」。これは買収後の業績に応じて追加的に対価を支払う仕組みで、売り手と買い手の間の価値評価ギャップを埋める効果的な方法です。特に将来性が高く業績が不安定な企業のM&Aに活用されることが多く、中小企業の取引でも重要な役割を果たします。

本記事では、アーンアウトの基本概念からメリット・デメリットまでを買い手・売り手双方の視点から解説します。会計処理や税務上の注意点、そして成功事例も踏まえて、M&Aをより成功に導くためのアーンアウト活用法をご紹介します。 

アーンアウトとは?M&Aにおける基本概念と仕組み

M&Aを検討する際、売り手企業と買い手企業の間で企業価値に対する認識の差が生じることがあります。このギャップを埋める手法として注目されているのが「アーンアウト」です。アーンアウトはM&Aの成功率を高め、双方がメリットを享受できる可能性を秘めています。今回は、アーンアウトの基本的な仕組みからメリット・デメリット、そして活用法まで詳しく解説します。 

アーンアウトの定義と意味 

アーンアウト(Earn out)とは、M&Aにおける支払対価の調整方法の一つで、一括で支払うのではなく分割払いで行う取引契約のことです。具体的には、M&A実行後の一定期間内に、買収対象となっている売り手企業が定められた目標を達成した場合、あらかじめ両者が合意した計算方法に基づき対価が追加で支払われる仕組みです。 

アーンアウトは主に以下のような特徴があります。 

  • 契約時点での固定支払額と将来の条件達成時の追加支払額の組み合わせ  
  • 売り手企業の将来の業績や成果に連動した対価設定  
  • 一般的に3年以内の評価期間を設定  
  • 契約書にアーンアウト条項として明記される 

このように、アーンアウトは企業価値の評価における不確実性を考慮した柔軟な対価支払いの仕組みとして、特に中小企業のM&Aにおいて重要な役割を果たします。 

アーンアウトがM&Aで使われる理由 

M&Aにおいて、買い手側は「リスクを極力排除した上で会社・事業を譲受けたい」、売り手側は「自社を高く評価してもらい、納得のいく価格で譲渡したい」と考えるのが一般的です。しかし、実際には両者の認識には大きなギャップが生じることがあります。 

アーンアウトが利用される主な理由は以下の通りです。 

  • 企業価値評価の不一致を解消:特に将来の成長性や収益性の予測における差異を埋める
  • リスクの適切な分配:将来の不確実性に対するリスクを買い手と売り手で分担する  
  • M&A後の経営統合の円滑化:売り手経営陣のモチベーション維持に貢献  
  • 資金調達の柔軟性確保:買い手企業にとって一時的な資金負担を軽減できる  
  • 売り手の信頼性担保:「将来の成長に自信がある」という売り手の姿勢を示せる 

中小企業のM&Aでは特に、オーナー経営者の能力や顧客との信頼関係といった定量化しにくい要素が企業価値に大きな影響を与えます。アーンアウトは、こうした定性的な価値を将来の業績(売上高、利益など)という形で反映させるための有効な手段です。これにより、買い手と売り手の企業価値の認識ギャップを埋め、公平な取引を実現することが可能となります。

アーンアウト条項で設定される一般的な財務指標 

アーンアウト条項では、追加支払いの条件として様々な財務指標が設定されます。対象企業の業種や事業特性に応じて、適切な指標を選定することが重要です。 

一般的に用いられる財務指標には以下のようなものがあります。 

  • 売上高:成長性を最も端的に示す指標として広く活用される  
  • 営業利益:本業での収益力を測る指標として用いられる  
  • EBITDA:減価償却費などを除いた収益力を示す指標  
  • 純利益:最終的な会社の利益を示す指標  
  • 営業キャッシュフロー:実際のキャッシュ創出力を示す指標  
  • フリーキャッシュフロー:投資後の自由に使えるキャッシュ創出力を示す指標 

これらの財務指標に加えて、顧客維持率や新規契約数など、定量的・定性的な業績指標を組み合わせることもあります。重要なのは、両者が納得できる公平で客観的な指標を設定し、達成状況を明確に測定できる仕組みを構築することです。 

例えば、IT系ベンチャーのM&Aであれば、月間アクティブユーザー数やサブスクリプション契約数といった業界特有の指標が用いられることもあります。中小企業のM&Aでは、業界の特性や企業の強みを適切に反映できる指標選びが成功の鍵となります。 

アーンアウトの買い手企業にとってのメリット

アーンアウトは買い手企業にとって、M&A取引における不確実性を軽減し、より安全な投資を実現するための有効な手段となります。特に中小企業のM&Aでは、企業情報の非対称性が大きいため、アーンアウトを活用することで様々なメリットを享受できます。ここでは買い手企業の視点から、アーンアウトを導入する主なメリットを解説します。 

潜在的なリスクを回避できる 

M&A取引において、買い手企業が最も気にするのが買収後に予期せぬリスクが表面化することですが、アーンアウトを導入することで、買い手と売り手の間でリスクを分担し、柔軟な取引を実現することが可能となります。 

アーンアウトによるリスク回避のメリットは次の通りです。 

  • 買収対価の一部を業績達成後に支払うことで、将来の不確実性に対するリスクヘッジができる  
  • デューデリジェンスでは発見できなかった潜在的な問題が業績に反映される前に対応可能  
  • 特に成長著しいベンチャー企業や不安定な業績の中小企業の買収で効果的  
  • 売り手企業の過大な成長予測に対する牽制として機能する 

例えば、急成長中のIT企業を買収する場合、直近の業績からの外挿だけで企業価値を算定すると過大評価のリスクがあります。アーンアウトを活用すれば、成長が継続した場合にのみ追加対価を支払うため、リスクを適切に管理できます。 

資金流出を分散できる 

買い手企業にとって、M&Aにおける一度の多額の資金支出は財務的な負担が大きいものです。アーンアウトを導入することで、資金流出を時間的に分散させられるという大きなメリットがあります。 

資金分散のメリットとして以下が挙げられます。 

  • キャッシュアウトが複数回に分けられることで、一時的な資金負担が軽減される  
  • 複数の金融機関から時期をずらして融資を受けることが可能になる  
  • 初期投資額を抑えることで、投資リターンの柔軟性が高まる  
  • 特に中小企業の買い手にとって、資金調達の選択肢が広がる効果がある 

中小企業のM&Aでは、買い手側の資金力に限界があることも少なくありません。アーンアウトの導入により、初期段階での資金負担を抑えつつ、企業価値に見合った対価を段階的に支払うことが可能になります。 

買収後の企業価値向上を促す 

アーンアウトは単なる支払い条件ではなく、売り手側の経営者が継続して企業価値向上に取り組むインセンティブとなります。これは特に中小企業のM&Aにおいて、買い手企業にとって重要なメリットです。 

企業価値向上を促進する効果として以下が期待できます。 

  • 売り手経営者が設定された目標達成に向けて継続的に努力するモチベーションが維持される  
  • 顧客関係や従業員との信頼関係など、定量化が難しい無形資産の維持や強化につながる
  • PMI(買収後統合)期間中のスムーズな知識移転やノウハウ継承が実現できる  
  • 結果として、M&A後の事業シナジーが最大化される可能性が高まる 

特に事業承継型のM&Aでは、創業者のノウハウや顧客との関係性が企業価値の核心部分を占めることが多いため、アーンアウトによって前経営者の協力を得ながら段階的に経営移行を進められることは、買い手企業にとって大きなメリットとなります。 

アーンアウトの買い手企業にとってのデメリット

アーンアウトには買い手企業にとって様々なメリットがある一方で、いくつかの重要なデメリットや注意点も存在します。これらのリスクを事前に理解し、適切に対策を講じることがM&A成功の鍵となります。ここでは買い手企業が直面する可能性のある主なデメリットについて解説します。 

追加支払いによる買収金額高騰のリスク 

アーンアウトを導入する最大のデメリットとして、当初想定していた以上の金額を最終的に支払うことになるリスクが挙げられます。 

買収金額高騰に関連するリスクは以下の通りです。 

  • 売り手企業が目標を大幅に上回る好業績を達成した場合、予想以上の追加支払いが発生する  
  • 想定以上のキャッシュアウトが発生し、買い手企業の財務状況を圧迫する可能性がある
  • 特に中小企業の買い手にとって、追加資金調達が困難となるケースもある  
  • 長期的な投資収益率(ROI)の低下につながる可能性がある 

この点は、企業価値が向上した会社を手に入れられたことをメリットと捉えるか、追加コストが発生したことをデメリットと捉えるかで評価が分かれますが、いずれにしても資金計画に与える影響は無視できません。高い追加支払いが発生した場合の資金調達計画をあらかじめ検討しておくことが重要です。 

複雑な条件設定による交渉の長期化 

アーンアウト条項を契約に組み込むためには、細部にわたる綿密な交渉が必要になります。これにより交渉プロセス全体が長期化し、複雑化する可能性もあるというデメリットがあります。 

交渉長期化による影響として以下が考えられます。 

  • 財務指標の選定、目標値の設定、評価期間の決定など、詳細条件の擦り合わせに時間を要する  
  • 両者の認識の差が大きい場合、条件交渉が難航しM&A自体が頓挫するリスクもある  
  • 特に日本の中小企業M&Aではアーンアウトに精通した専門家が少なく、交渉が長引きやすい  
  • 交渉の長期化による機会損失や競合他社に先を越されるリスクも考慮すべき 

特に売上高や利益といった財務指標の目標値設定は、将来予測に基づく難しい交渉となります。買い手企業はこうした交渉の複雑さと期間の長期化を念頭に、M&Aプロセス全体のスケジュールを設計する必要があります。 

会計処理の難しさと将来負担の不確実性 

アーンアウトは会計・財務面でも買い手企業に様々な課題をもたらします。特に将来の資金負担と会計処理の複雑さは重要な検討点です。 

会計・財務面のデメリットとして以下が挙げられます。 

  • M&A実行と買収資金支払いのタイミングのずれにより、将来の資金調達が困難になるリスクがある
  • アーンアウト支払いの発生可能性と金額の見積もりが難しく、財務計画が複雑化する  
  • 会計基準によって処理方法が異なり、特にIFRS(国際会計基準)採用企業では影響が大きい  
  • のれんの計上や減損リスクの評価が難しくなる 

特に中小企業買収の場合、将来の追加支払い義務が会社の資金繰りや財務状況に与える影響は無視できません。アーンアウト条項を導入する際は、会計・税務の専門家を交えた十分な検討が不可欠です。将来の不確実性に備えた資金調達手段(コミットメントラインの設定など)も事前に検討しておくべきでしょう。 

アーンアウトの売り手企業にとってのメリット

アーンアウトは買い手企業だけでなく、売り手企業にとっても多くのメリットをもたらします。特に中小企業のオーナー経営者にとって、長年育ててきた企業の価値を最大限に引き出し、円滑な事業承継を実現する有効な手段となります。ここでは売り手企業の視点から、アーンアウトを導入する主なメリットを解説します。 

目標達成による追加資金獲得の可能性 

アーンアウトの最も直接的なメリットは、設定した目標を達成することで追加の対価を獲得できる可能性があることです。特に自社の成長性に自信のある経営者にとって、その潜在的価値を金銭的な形で実現する機会となります。 

追加資金獲得に関するメリットは以下の通りです。 

  • 一括売却よりも総額で高い買収対価を獲得できる可能性がある  
  • 自社の将来性や成長性に対する自信を、具体的な目標達成という形で証明できる  
  • 想定以上の業績を達成した場合、その価値に見合った追加報酬を得られる  
  • 特に中小企業のオーナーにとって、引退後の資金計画を充実させる機会となる 

例えば、業界平均を上回る成長率を維持している企業が、その将来性を現在の企業価値に十分に反映させることができないケースでは、アーンアウトによって実際の成長を証明することで、より公正な対価を得ることができます。 

企業価値を正当に評価してもらえる 

多くの中小企業、特にサービス業やIT業界などでは、財務諸表に表れない無形資産や将来性が企業価値の重要な部分を占めています。アーンアウトはこうした見えにくい価値を適切に評価する仕組みとなります。 ただし、無形資産の評価基準が曖昧な場合は、トラブルの原因となる可能性があるため、明確な条件設定が必要です。

企業価値評価に関するメリットとして以下が挙げられます。 

  • 単純な財務指標では測れない企業の潜在的な価値や成長性を評価に反映できる  
  • 顧客基盤や人的資産、ブランド力などの無形資産の価値を将来業績を通じて証明できる
  • 特に創業者やオーナー経営者の能力に依存する中小企業で有効  
  • 買い手との企業価値評価のギャップを埋め、より納得感のある取引が実現できる 

例えば、専門的な技術やノウハウを持つ企業では、その価値を財務数値だけで表すことは困難です。アーンアウトを活用することで、そうした技術やノウハウが生み出す将来の価値を買収価格に反映させることが可能になります。 

経営モチベーション維持によるスムーズな事業承継 

M&A後も一定期間は経営に関与し続けることになるアーンアウトは、オーナー経営者が長年築き上げてきた企業文化や理念を適切に引き継ぐ機会を提供します。特に中小企業の事業承継では、急激な変化による事業価値の毀損を防ぐ効果があります。 

事業承継におけるメリットとして以下が期待できます。 

  • 経営者とその従業員が継続して目標達成に向けて取り組むモチベーションが維持される
  • 顧客や取引先との関係を段階的に移行できるため、取引の継続性を確保しやすい  
  • 創業者の理念や企業文化を新しい経営陣に適切に伝える時間的余裕が生まれる  
  • 従業員の不安を軽減し、人材流出を防止する効果も期待できる 

中小企業においては特に、オーナー経営者の個人的な関係性やノウハウが事業の根幹を支えているケースが多いため、アーンアウトによる段階的な経営移行は、企業価値を維持したままの円滑な事業承継を実現する有効な手段となります。 

アーンアウトの売り手企業にとってのデメリット

アーンアウトには売り手企業にとって様々なメリットがある一方で、看過できないデメリットや注意点も存在します。特に中小企業のオーナー経営者がM&Aを検討する際には、こうしたリスクを十分に理解した上で判断することが重要です。ここでは売り手企業の視点から、アーンアウト導入時に考慮すべき主なデメリットを解説します。 

一括資金獲得ができない資金計画への影響 

アーンアウトを導入することで、売却対価の一部が将来の業績達成を条件に支払われるため、一括での資金獲得ができなくなります。これは特に明確な資金計画を持つオーナー経営者にとって大きなデメリットとなり得ます。 

資金計画への影響として以下が挙げられます。 

  • 引退資金や次の事業への投資計画があれば、その実行が遅れる可能性がある  
  • 追加支払いの時期や金額が不確定なため、長期的な資金計画が立てにくい  
  • 税務対策や相続対策などを含めた総合的な資産計画に影響を与える  
  • 特に高齢のオーナー経営者にとって、将来の生活設計に影響する可能性がある 

例えば、売却資金で不動産投資や新規事業立ち上げを計画していた場合、資金の一部しか得られないことで計画の縮小や延期を余儀なくされることもあります。こうした資金計画への影響を事前に検討し、アーンアウト条件と自身の資金ニーズのバランスを取ることが重要です。 

業績目標未達による受取金額の変動リスク 

アーンアウトの最大のリスクは、設定した業績目標を達成できなかった場合に、想定していた売却対価を全額受け取れなくなる可能性があることです。これは特に将来の不確実性が高い業界や、外部環境の影響を受けやすい企業にとって重大な懸念事項となります。 

業績目標未達のリスクとして以下が考えられます。 

  • 市場環境の変化や競合の台頭など、自社でコントロールできない要因で業績が悪化するリスク  
  • 買い手企業の経営方針変更により、目標達成が困難になる可能性がある  
  • 過度に野心的な目標設定をしてしまうと、達成確率が低下し追加対価を得られない  
  • 極端な目標未達の場合、M&A取引自体が破談になるリスクも存在する 

特に中小企業の場合、一部の大口顧客の喪失や主力社員の退職など、単一の要素で業績が大きく左右されることも少なくありません。こうした不確実性を考慮し、達成可能性の高い現実的な目標設定を心がけることが重要です。 

評価指標をめぐるトラブル発生の可能性 

アーンアウトでは、業績評価の指標や達成条件をめぐって買い手企業との間でトラブルが発生するリスクがあります。特に経営権を譲渡した後は、業績に影響を与える決定権が買い手側に移るため、注意が必要です。 

評価指標に関するリスクとして以下が挙げられます。 

  • 買い手企業による恣意的な会計処理や業績操作のリスク  
  • 評価指標の解釈や計算方法をめぐる見解の相違  
  • M&A後の投資判断や経営戦略の変更が短期的な業績に悪影響を与える可能性  
  • 契約条件や評価基準が曖昧な場合、法的紛争に発展するリスクもある 

こうしたリスクを軽減するためには、契約書に評価指標の定義や計算方法を明確に規定し、買い手側が意図的に業績を悪化させるような行為を防止する条項を盛り込むことが重要です。また、アーンアウト期間中も一定の経営関与や情報アクセス権を確保しておくことで、透明性を担保することが望ましいでしょう。 

アーンアウトの会計処理と税務上の注意点

アーンアウトをM&Aで導入する際には、会計処理と税務上の取り扱いについても十分な検討が必要です。特に会計処理については、日本基準と国際会計基準(IFRS)で大きく異なるため、採用している会計基準に応じた対応が求められます。ここでは、アーンアウトに関する会計・税務上の重要なポイントを解説します。 

日本基準におけるアーンアウトの会計処理とのれんの扱い 

日本基準では、アーンアウトは「条件付取得対価」として扱われ、企業結合会計基準に基づいた特有の会計処理が必要になります。日本基準におけるアーンアウト会計処理の主なポイントは次の通りです。 

  • 条件付取得対価の交付または引き渡しが確実となり、時価が合理的に決定可能となった時点で会計処理を実施  
  • 確定した時点で追加的に支払対価を取得原価として認識し、「のれん」を追加計上 
  • 追加計上された「のれん」は、企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算  
  • 過年度分ののれん償却額は、アーンアウト確定の事業年度で一括して費用処理  
  • 条件未達の場合は特段の会計処理は不要 

例えば、買収時に3,000万円を支払い、1年後に特定の業績条件達成を条件に2,000万円を追加支払うケースを考えます。日本基準では、初回取引時には3,000万円分ののれんのみを計上し、業績条件達成が確実になった時点で2,000万円分ののれんを追加計上します。そして、追加計上分の過去1年分の償却額もその時点で一括して費用処理することになります。 

IFRS(国際会計基準)におけるアーンアウトの会計処理の特徴 

IFRSでは日本基準とは大きく異なるアプローチが取られており、のれんの計上方法や公正価値の取り扱いが異なります。この違いを理解しておくことは、特にグローバルなM&Aを検討する企業にとって重要です。 

IFRSにおけるアーンアウト会計処理の主な特徴は以下の通りです。 

  • 取得日時点で条件付対価の公正価値を見積もり、取得対価の一部として認識  
  • アーンアウト支払いの可能性と金額を評価し、初回から全額を資産計上  
  • その後の各報告日において公正価値の変動を純損益として認識  
  • アーンアウト条項達成の有無にかかわらず、当初計上したのれんの金額は変動しない  
  • 条件未達の場合、アーンアウト負債の減少を評価益として認識 

日本基準の例と同じケースで考えると、IFRSでは、取得日時点でアーンアウトの公正価値を見積もり、その金額を含めた買収原価を計上します。たとえば、公正価値が1,800万円と見積もられた場合、のれんは3,000万円+1,800万円=4,800万円として計上されます。その後、業績条件の達成可能性が変動した場合、その影響は通常、純損益として処理されます。

このため、条件付き対価の見積もりや変動が損益に反映されるIFRSの方が、日本基準よりも会計上の影響が大きいと言えるでしょう。 

参考:アーン・アウト条項に係る日本基準及び IFRS における会計処理

アーンアウト導入時に知っておくべき税務上の影響 

アーンアウトは会計処理だけでなく、税務上も特有の影響をもたらします。特に売り手と買い手で税務上の取り扱いが異なる点には注意が必要です。 

アーンアウトに関連する主な税務上の影響は以下の通りです。 

  • 買い手側: 追加支払い額は株式取得原価として資産計上され、即時の損金算入はできない  
  • 売り手側(法人): アーンアウトによる追加収入は収益として課税対象となる  
  • 売り手側(個人):通常の株式譲渡所得(20.315%の税率)とは異なり、雑所得として総合課税の対象となる可能性があり、最大55%程度の税率が適用される場合がある  
  • 税務上の所得区分を直接規定した法令や通達は存在せず、慎重な検討が必要 

特に個人オーナーが株式を譲渡する中小企業M&Aの場合、アーンアウト対価が一般的な株式譲渡所得ではなく雑所得として扱われるリスクがあります。これにより税率が大幅に上昇する可能性があるため、事前に税務専門家に相談し、適切な対策を講じることが重要です。 

中小企業のM&Aでは、オーナー経営者の引退後の資金計画や税務対策が重要なテーマとなります。アーンアウト導入によって税負担が増大し、手取り額が想定を下回ることのないよう、税理士などの専門家を交えた綿密な検討が不可欠です。また、会計処理においても、特に適用会計基準によって結果が大きく異なる点に留意し、財務報告への影響も含めて検討することをお勧めします。 

中小企業M&Aにおけるアーンアウト成功のための重要ポイント

中小企業のM&Aでアーンアウトを導入する際には、大企業間のM&Aとは異なる考慮点があります。中小企業特有の事業環境や経営者の関与度合いを踏まえた上で、成功につながる仕組みを構築することが重要です。ここでは、中小企業M&Aにおけるアーンアウトを成功させるための重要ポイントを解説します。 

アーンアウトの成功に不可欠な適切な財務指標 

アーンアウト条項で設定する財務指標は、M&A成功の鍵を握ります。特に中小企業では、適切な指標選定がより重要となります。 成功につながる財務指標設定のポイントは以下の通りです。 

  • 両者が納得できる客観的かつ測定可能な指標を選定する  
  • 業種特性や事業モデルに合った指標を採用する(例:小売業は売上高、製造業は営業利益など)  
  • 単一指標に依存せず、複数の指標を組み合わせることでリスク分散を図る  
  • シンプルで明確な指標を選び、解釈の余地を最小限に抑える  
  • 買い手の恣意的な操作が困難な指標を選定する 

特に中小企業M&Aでは、オーナー経営者の個人的な顧客関係や企業固有の強みを適切に評価できる指標が重要です。例えば、既存顧客維持率や重要顧客との契約継続など、定性的な要素を定量化した指標を加えることで、企業の本質的な価値を反映したアーンアウト条件を設定できます。 

また、業績悪化の原因が明らかに外部環境の変化(景気後退や災害など)による場合の例外規定を設けるなど、売り手側の努力と無関係な要因についても考慮することが望ましいでしょう。 

最適なアーンアウト評価期間の設定基準 

アーンアウトの評価期間は、長すぎても短すぎても問題が生じます。特に中小企業M&Aでは、経営者の関与度合いや事業サイクルに合わせた適切な期間設定が重要です。 

評価期間設定の主なポイントは以下の通りです。 

  • 一般的には1〜3年程度の比較的短期間が望ましい  
  • 業界の事業サイクルに合わせた期間を設定する(季節変動の大きい業種では最低1年以上)  
  • 売り手経営者の継続関与期間と整合させる  
  • 長期間になるほど外部環境変化のリスクが高まることを考慮する 
  • 評価期間中に中間評価のタイミングを設けることも検討する 

中小企業M&Aでは、創業者やオーナー経営者が引退を視野に入れている場合が多いため、その意向に沿った現実的な期間設定が重要です。また、評価期間が長期化するほど、市場環境の変化や競合状況の変化など、当事者でコントロールできない要因の影響が大きくなります。このリスクを考慮し、基本的には短めの期間設定を心がけるべきでしょう。 

アーンアウト条項に必要な明確な契約条件 

アーンアウト条項を契約書に盛り込む際には、将来の紛争を防ぐため、できるだけ明確かつ詳細な条件を定めることが重要です。特に中小企業M&Aでは、専門的な知識や経験が限られている場合もあるため、より丁寧な条件設定が求められます。 

契約条件で明確にすべき主な項目は以下の通りです。 

  • 業績指標の具体的な計算方法と計測頻度  
  • 目標値の設定基準と達成判定方法  
  • 追加支払いの金額または計算式(段階的な支払い設定も検討)  
  • 支払いのタイミングと支払い方法  
  • 業績管理やレポーティングの方法と頻度  
  • 売り手側の関与範囲と権限(経営への介入度合い)  
  • 目標未達の場合の取り扱い(一部支払いの可能性など)  
  • 紛争解決の手続きと第三者評価の仕組み 

また、経営権移行後も売り手が継続して関与する場合には、双方の役割と責任を明確に定めることが重要です。特に中小企業では、創業者の存在感が大きく、従業員や顧客との関係も密接であるため、新旧経営陣の権限配分や意思決定プロセスを明確にしておくことで、スムーズな経営移行が可能になります。 

経営情報へのアクセス権や監査権なども契約条件に含めておくことで、売り手側が業績達成状況を適切にモニタリングできる環境を整えることも、アーンアウト成功のための重要な要素と言えるでしょう。 

実例から学ぶアーンアウト活用の成功事例

アーンアウトは理論上の仕組みではなく、実際のM&A取引で活用され、適切に設計された場合は取引の成功に大きく貢献します。特に不確実性の高い案件や、売り手と買い手の間に企業価値評価に大きな隔たりがある場合に有効です。ここでは、日本企業が関わる代表的なアーンアウト活用事例を紹介し、その成功要因を解説します。 

マネックスグループによるコインチェック買収のアーンアウト活用法 

2018年4月、マネックスグループは仮想通貨交換業者のコインチェックを36億円で買収し、完全子会社化しました。この買収は、アーンアウト条項を活用した日本企業のM&A事例として広く注目されました。 

マネックスグループによるコインチェック買収の特徴は以下の点です。 

  • 買収時、コインチェックは仮想通貨NEMの流出事件(約580億円相当)を起こした直後で、事業継続の不確実性が高かった  
  • 金融庁から業務改善命令を受け、経営体制の刷新を求められていた状況だった 
  • 仮想通貨交換業の登録ができるかどうか不透明な状態での買収だった  
  • アーンアウト条項として「3年間の純利益合計額の2分の1を上限として追加支払い」を設定 

この事例は、高いリスクと高い成長可能性が共存する状況で、アーンアウト条項が果たす役割を示しています。コインチェックは優れた技術力と170万以上の顧客基盤を持ちながらも、事件後の不確実性が高い状況でした。アーンアウト条項を設けることで、買い手であるマネックスグループはリスクを最小化しつつ、売り手側には将来の業績に応じた追加的な対価を得る機会を提供することができました。 

結果として、コインチェックはマネックスグループのリソースと信用力を得て事業を立て直し、その後の仮想通貨市場の成長とともに業績を回復させることに成功しました。 

参考:ひかり総合法律事務所

クロスボーダーM&Aにおけるアーンアウト活用事例 

クロスボーダーM&A(国境を越えるM&A)では、言語や文化、法制度の違いから生じる不確実性を軽減するためにアーンアウト条項が活用されることが多くあります。特に海外企業の買収においては、情報の非対称性が大きくなりがちなため、アーンアウトが有効な手法となります。 

代表的な事例として、以下のようなケースがあります。 

  • DeNAによる米国のngmoco社(スマホゲーム開発会社)の買収(2010年)  
  • 日本企業による東南アジア新興国企業の買収における3〜5年のアーンアウト期間設定  
  • 技術力のある海外ベンチャー企業の買収時に技術的マイルストーン達成を条件としたアーンアウト設定 

クロスボーダーM&Aでアーンアウトを活用する場合、特に注意すべき点として以下が挙げられます。 

  • 現地の会計基準や税制に合わせた適切なアーンアウト条件の設定  
  • 為替変動リスクへの対応(支払通貨やヘッジ方法の検討)  
  • クロスボーダー特有の文化的背景を踏まえた業績指標の選定  
  • 管轄裁判所や紛争解決手段の明確化 

クロスボーダーM&Aにおけるアーンアウトの成功要因は、現地事情に精通した専門家の関与と、売り手・買い手双方の文化的背景を考慮した柔軟な条件設定にあると言えるでしょう。 

アーンアウト設計の失敗から学ぶ改善ポイント 

アーンアウトを活用したM&Aが全て成功するわけではありません。失敗事例から学ぶことも重要です。アーンアウト設計における主な失敗パターンとその改善ポイントは以下の通りです。 

主な失敗パターンと改善ポイント: 

  • 不明確な評価指標設定 
    →客観的で測定可能な指標を選び、計算方法も明確に契約書に記載  
  • 過度に複雑な条件 
    →シンプルで理解しやすい条件設計を心がける  
  • 経営権移転後の利益操作 
    →利益操作を防止する条項や第三者によるレビュー機能を設ける  
  • 外部環境変化への対応不足 
    →市場環境の急変などに対応する例外条項を設ける  
  • コミュニケーション不足 
    →定期的な情報共有と透明性確保の仕組みを構築 

特に中小企業のM&Aでは、経営者の個人的な能力や関係性が企業価値の重要な部分を占めることが多いため、アーンアウト期間中のモチベーション維持と円滑なコミュニケーションが成功の鍵となります。 

成功事例と失敗事例の共通点は、アーンアウトがM&A取引におけるリスク分散の手段であると同時に、売り手・買い手双方の利害を適切に調整するための重要なツールだということです。契約書の文言や条件だけでなく、その背景にある意図や価値観を共有し、互いに成功を目指す姿勢が最も重要であると言えるでしょう。 

まとめ|アーンアウトを賢く活用してM&Aを成功に導こう

アーンアウトは、M&A取引における不確実性を軽減し、売り手・買い手間の企業価値評価のギャップを埋める有効な手法です。特に中小企業のM&Aでは、将来性の評価が難しく、また経営者の関与度合いが企業価値に大きく影響するため、アーンアウトの活用が効果的です。

成功のカギは、客観的で双方が合意しやすい財務指標の選定、事業の特性に適合した評価期間の設定、そして紛争を防ぐための明確な契約条件の策定にあります。会計・税務面の影響も事前に検討し、専門家のアドバイスを受けることが重要です。アーンアウトは単なる支払方法ではなく、両者が長期的な視点で企業価値の最大化を目指すパートナーシップの基盤となるものです。 

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