譲渡企業
株式会社吉川製作所
代表取締役 吉川 成彦 氏
譲受企業
パナレーサー株式会社
着手金・中間金無料 完全成功報酬型
本件担当コンサルタント
奥村 陽
奥村 陽

吉川 様:吉川製作所は埼玉県越谷市に会社を構えていて、従業員数はパートさんを合わせて10名となります。事業内容は主に2つとなり、ひとつはブレーキ部品を中心とした自転車部品・用品事業です。もうひとつの柱はワイヤー事業部となり、0.3ミリから9ミリくらいまでの細物から中物までのワイヤー加工を行っております。
吉川 様:ブレーキ部品の分野で、吉川製作所は70年以上の歴史があります。昔はJIS(日本産業規格)という国内標準規格が採用されていましたが、当社はその規格の作成段階から参加をしていました。また、JISの後にはISO(国際標準化機構)に準じた新安全基準となるBAAが登場しましたが、一般自転車用ブレーキとして最初にその基準をクリアした会社が当社となりますので、ブレーキ部品を中心とした自転車部品における経験値は高いです。
もう一点の特徴としては「お客様の声を製品に反映している」ところだと思います。私自身が積極的に展示会に参加し、小売店や問屋さんと密にコミュニケーションをとっています。実際に乗られているユーザーさんの率直なご意見を共有してもらい、それを製品に反映したいと考えているからです。直近では、子供を前後に乗せる電動自転車のブレーキ性能についてご意見をいただいたので、より安全性を高めるための開発を行っています。お客様の不安を解消し、ご要望を形にするのが当社の仕事になりますので、小細工をすることなく真摯に向き合っています。
吉川 様:吉川製作所の創業は1916年(設立は1948年)で、私の祖父がネジ屋として創業し、当時はネジやナットの製造・加工を主に行っていました。私はフランスのストラスブール大学を卒業し、1985年に当社へと入社しました。当時は日本から当社製品の輸出量が多かったこともあり、すぐにアメリカ貿易のロサンゼルス連絡事務所の責任者としてアメリカに赴任しています。
アメリカへの赴任は非常に大変でした。過度なドル高が続いていたこともあり、G5の財務相・中央銀行総裁会議で「プラザ合意」が発表されたタイミングと重なってしまったのです。急速に円高が進行し、輸出が大きく減少したため、当社としても急いでアメリカの市場から撤退する必要がありました。受注いただいていた分は対応させていただき、関係各所に挨拶回りをして私も帰国しています。そして、45歳になる前に当社の社長に就任しました。

吉川 様:私のプランとしては75歳までに事業譲渡を完了させる予定でした。吉川製作所をまとめて譲渡するのではなく、例えばブレーキ関係はA社、ワイヤー関係はB社、といった形で部品ごと分けて同業他社に譲る形で考えていました。
実は3年前に大手M&A仲介会社さんから提案を受けてお願いしたことがあるのですが、全く製造業とは関係ない会社さんばかりが候補として出てきた経験があり、大手仲介さんに依頼してこの結果であれば、どこにお願いしても難しいと考えていました。
そういった経緯もあり、M&Aロイヤルアドバイザリーさんに依頼した際も、あまり期待としては高くなかったのが本心です。しかし、奥村さん(担当コンサルタント)が製造関係の会社さんに絞ってピックアップしてくれたので、「前の仲介さんとは違うな」とM&Aに前向きになれました。
吉川 様:自転車業界に絞ってはいませんでしたが、先述の通り、同じ製造業の会社さんにお願いしたいと考えていました。それ以外で挙げるのであれば、やはり「ものづくりに対する執着心」を持たれているかを重要視していました。
お譲りしたとしても、ブレーキやワイヤーが次の会社さんで芽が出なかったときに、「もうやめた」と投げ出されてしまってはお客様が困ります。長期的な目線で頑張ってくれるタフさがないのであれば、自転車業界は厳しいです。
吉川 様:長い目で見て継続してくれる会社さんに譲りたいと考えるなかで、お相手となる会社さんがどんな工場をお持ちで、どんな物を作られているのか、見学して判断したいというのが私の意向でした。これは私も驚きだったのですが、あまり工場見学に対して前向きなお返事をいただける会社さんが少なかったのです。
一方で、パナレーサーさんは工場見学をお願いしたときに、材料を作る最初のところから、最後の完成・検査まで全てをオープンに見せてくれました。また、作り方も非常にオーソドックスなやり方で最初から最後まで作られていて、これを継続されてきたことに感動しました。
昔の自転車は値段の変動が激しく、私が30歳でこの業界に入った頃を振り返ると、安い自転車で24,800円くらいです。それが瞬く間に19,800円になり、14,800円、12,800円、そして9,800円へと下がり、大手さんの店頭に並ぶようになりました。
これでは、日本で自転車部品を作ることはできません。昔の半額、3分の1で作るように言われても無理難題ですので、多くの部品メーカーは撤退を余儀なくされました。自転車メーカーも国内製造を諦めて海外で製造する方向に舵を切った歴史を知っている私からすると、「タイヤ製造で国内で生き残るには、相当なご苦労があったはず」というのが最初のパナレーサーさんに対する印象です。
ただ、パナレーサーさんを見させていただき、苦しい状況でも踏ん張れた理由が分かりました。パナレーサーさんで働く方を見ても、やはり「芯が強い」という印象です。多くの企業が国内製造を諦めたタイヤ業界で生き残っている事実こそが、「簡単にギブアップする人たちではない」という証明でした。

吉川 様:私が朝型で早起きをするということもあり、奥村さんとは私が出社する朝6時半に合わせていつも打ち合わせをお願いしていました。無理を言ってしまって申し訳なさもありましたが、ライフスタイルに合わせてくれたことに感謝しています。
また、買手候補先として複数の会社さんをM&Aロイヤルアドバイザリーさんから紹介していただきましたが、そのなかには、「M&Aという形ではご縁はなかったけれども、一緒にやらせてもらいたい」と未だに言ってくれる会社さんもあります。これは奥村さんが当社の強みや魅力を本当に理解し、伝えてくれたからだと思いますし、パナレーサーさんという「ものづくり」にこだわりを持つ企業さんとのご縁をいただけたことに大変感謝しています。ありがとうございました。
奥村(担当コンサルタント):吉川様とご面談を重ねていくなかで、「ものづくりとお客様に対する強い想い」を持たれる経営者としてのお姿に尊敬の念を抱きました。会社を10年、20年と続けていくにあたり、ひとつの課題もあるというところはお聞きしていましたので、なんとか吉川様のお役に立ちたいという思いで進めてきました。
結果、パナレーサー様との素晴らしいご縁を結ぶことができ、自分で言うのも大変恐縮ではございますが、コンサルタントとして良い仕事ができたと感じております。今後も吉川製作所様とパナレーサー様で数十年、それ以上と続く結果となれば大変嬉しく思います。この度は、本当にありがとうございました。
吉川 様:私がこの業界に入った頃、電動自転車のブレーキを作るという発想を持った人間は1人もいませんでした。JIS規格も長期で続くものだと考えていたら、BAA規格に変更されるなど、想像もつかないようなことが頻繁に起こります。10年や20年先に自転車が今の形を保っているかどうかすらも分かりません。変化は必ず起こります。
奇をてらったものではなく、お客様の声に耳を傾けながら、開発に責任を持って必要とされるものを作り続けてもらいたいです。自転車業界のみならず、ものづくりに共通することかと思いますが、「必要とされるものは残り、必要とされないものは消えていく」。これは非常にシンプルな話ですので、私自身もそこに挑み続けたいと思います。

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